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Thermo bagブランド KURUMI

新(真)感覚サーモバッグ誕生ヒストリー


製造及び販売元である北瀬縫製は、田舎の小さな町工場である。
1958年、当時紙すきで生計を立てていた初代が家族と親戚を集め家内工業のような形で縫製業を始める。当時岐阜で盛んであった背広やワンピースといったアパレル製品の縫製を手掛け、その細かい気配りと確かな技術力が評価され岐阜の地場産業発展の一役を担う。
しかし1980年代に入り二代目に引き継ぐ頃には、アパレル関連製品を始めとする縫製製品の生産拠点は海外へと移るようになり、生産量・価格共に下がり続けていった。二代目はアパレル製品の縫製から工業縫製へと舵を切ることを決意、工場内の機材を一新する。
それ以降下請けの縫製加工工場として多種多様なニーズに応えながら、技術とノウハウを身に付けてきた。しかしながら縫製業の海外流出は留まるどころか増々勢いを増し、同業者が次々と廃業に追いやられ、一時は当事業所も廃業も考えるまでに。それでも二代目は『設備のあるところに必ず仕事は集まって来る』と考え、苦しい中でも設備投資を続け、現在に至るまで仕事が途切れることなく何とか生き残ってきた。
そんな中2016年秋、地域のイベントを盛り上げようとオリジナル保冷バッグを製作し販売したところ評判となり、イベント終了後も口コミで広まり次々と購入希望者が現れるように。通常業者向けに使用している材料をそのまま使用した保冷バッグは、市場に出回っている類似製品とは比較にならない程しっかりとした作りになっており、一目見て保冷バッグだと気付く人は先ずいない。その意外性が更なる魅力となり、作っては売れ、作っては売れ、常に在庫切れの状態となった。
翌2017年に入り地元商工会や地域の方々の後押しを受け、ついにオリジナルブランド立ち上げに向けて漕ぎ出した。

ー2019年夏、東急ハンズ新宿店でのテストマーケティングではその斬新な発想とかわいいフォルムが話題となり、ほぼ完売という結果に。その後も引き続き新聞やラジオ、雑誌等に掲載され今日に至る。

代表挨拶
『高く買って安く売る』 これが私たち北瀬縫製のモットーです。
それじゃつぶれてしまうではないかとお思いの方も多いと思います。
この言葉が意味しているのは、材料を高く仕入れることで仕入れ元が喜び、作った製品を安く売ることでお客様にも喜んで頂く。もちろん、経営に必要な最低限の経費と利益は得られるようにします。さすがにそれがなくてはつぶれてしまいますからね。しかし、必要以上の儲けはのせない、ということなのです。
売り手と、買い手、作り手と、使い手。誰もが喜べるような、そんなものづくりを続けています。 

代表 北瀬澄男